ホジキンリンパ腫治療後の心血管疾患リスク

ホジキンリンパ腫は、比較的治りやすいがんとして知られており、小児がんの全症例に占める割合が高く、若年成人にも患者が多いこともあり、生涯にわたり治療による副作用のリスクにさらされ続けます。中でも、心血管疾患リスクが高まることが知られています。そこで、欧米で行われたホジキンリンパ腫治療後の心血管疾患リスクについて調べてまとめました。

ホジキンリンパ腫治療後の心血管疾患リスクについて

放射線療法と化学療法による心血管疾患リスク

ホジキンリンパ腫は病期によって、放射線療法、放射線併用化学療法、あるいは化学療法を用いた治療が行われます。心臓付近への放射線療法とアントラサイクリン系薬剤を含む化学療法は、どちらも心血管疾患リスクを高める可能性があります。放射線療法により引き起こされる心臓障害とアントラサイクリンにより引き起こされる心臓障害は、それぞれ異なる病態を示しますが、一般集団とも異なる病態を示すと考えられています。

放射線療法による心血管疾患リスク

放射線療法による心血管疾患には、冠状動脈性心疾患、心臓弁膜症、心筋機能障害、心伝導障害、心膜疾患などがあります。放射線により血管の内皮が損傷することがあり、大動脈で損傷が起こるとアテローム性動脈硬化が促進され、血管狭窄や血栓塞栓症のリスクが高まる可能性があります。動物実験では、放射線により不安定なプラークが形成されやすく、このようなプラークが破裂しやすいことが示されており、致命的な心臓発作や脳卒中を引き起こす原因となります。

アントラサイクリン系薬剤の化学療法による心血管疾患リスク

アントラサイクリン系薬剤は累積投与量に応じて、急性心筋症と慢性心疾患(特に心不全)の合併症を引き起こす可能性があります。アントラサイクリン系薬剤による心毒性は、心筋重量の減少を伴うのが一般的ということもあり、心臓の機能不全を引き起こす原因となります。

心血管疾患リスクの評価に関する臨床研究

ホジキンリンパ腫の治療による心血管疾患リスクを評価するために、欧米においてホジキンリンパ腫の生存者を対象とした研究が行われてきました。

前向きスクリーニング研究

ホジキンリンパ腫の生存者を対象とした前向きスクリーニング研究では、冠動脈狭窄、冠動脈石灰化、左心室径の減少、心臓弁膜症、伝導障害などの臨床的に重大な心血管異常が極めて一般的に見られ、無症状の生存者にも一般的に見られることが示されました。

大規模コホート研究

ホジキンリンパ腫の治療を受けた患者を対象とした大規模コホート研究では、患者の年齢、患者が受けた治療法、および経過観察期間により、心臓死(主に心筋梗塞)のリスクが2〜7倍になることが示されました。このリスクは、若年で放射線療法を受けると一層上昇する傾向が見られました。

オランダでの長期的な心血管疾患リスクに関する研究

オランダで1965年から1996年の期間において、ホジキンリンパ腫の治療を受けてから5年生存した患者2524人を対象に、長期的な心血管疾患リスクに関する評価が行われました。35年の経過観察期間後も、ホジキンリンパ腫生存者は、そうでない人と比べて、冠状動脈性心疾患や心不全を発症するリスクが4〜6倍という高い数字を保ち続けました。また、この研究では、心血管疾患の累積発生率についても評価がなされました。その結果、ホジキンリンパ腫生存者全体としては、40年後に心血管疾患を発症する割合は2人に1人、つまり50%という高い数字となりました。

長期にわたる心血管疾患リスクの評価

さらに、長期間にわたる経過観察により、ホジキンリンパ腫の治療を受けた患者は、そうでない人と比べて、冠状動脈性心疾患、心臓弁膜症、心不全になるリスクが3〜6倍になることが明らかになりました。長期にわたりリスクの増加に変化がないということは、加齢により心血管疾患の発生率が一般的に上昇することを考慮すると、時間の経過とともに一層リスクが増加することを意味します。このことは、若年でホジキンリンパ腫の治療を受けた人にとって懸念の材料となります。

25歳以前の治療によるリスク増大

25歳以前に治療を受けた患者グループは、冠状動脈性心疾患、心臓弁膜症、心不全になるリスクが最大になる傾向が見られました。この患者グループが60歳になった時点で、20%の人が冠状動脈性心疾患を起こしていました。同様に、31%の人が心臓弁膜症、11%の人が心不全を起こしていました。25歳以前に治療を受けた患者グループは、それ以上の年齢で治療を受けた患者グループよりも、10年から20年も早く所定のリスクに到達しました。具体的には、25歳以前に治療を受けた患者が50歳になった時のリスクと、35〜50歳の間に治療を受けた患者が61歳になった時のリスクが同じになりました。

縦隔への放射線療法とアントラサイクリン系薬剤によるリスク増大

研究により、縦隔への放射線療法により、冠状動脈性心疾患が2.7倍、心臓弁膜症が6.6倍、さらに心不全が2.7倍も発症リスクが増大し、アントラサイクリン系薬剤の化学療法により、心臓弁膜症は1.5倍、心不全は3倍もリスクが増大することが示されました。40年間の心血管疾患の累積発生率は、縦隔への放射線療法を受けた患者では54.6%であったのに対し、縦隔への放射線療法およびアントラサイクリン系薬剤の化学療法を受けなかった患者では24.7%でした。

放射線療法と化学療法の併用によるリスク増大

この分野における研究は多くありませんが、一部の研究では、放射線療法はアントラサイクリン系薬剤の化学療法と併用すると、放射線療法単独の時と比べて、放射線療法に関連する心臓弁膜症と心不全のリスクが増大し、それぞれのリスクが2〜3倍になることが示されています。

心血管疾患リスクに対する心血管リスク因子の影響

ホジキンリンパ腫生存者にとって重要な問題は、従来の心血管リスク因子が心毒性の治療を受けた生存者の心血管疾患リスクに影響を及ぼすのか、そして従来の心血管リスク因子が治療に関連した心血管疾患リスクを変えることがあるのかです。いくつかの研究で、高血圧、高コレステロール血症、糖尿病、最近の喫煙は、ホジキンリンパ腫と小児がん生存者の心血管疾患リスクを高めることを示していますが、リスクを変えることについて詳しく調べた研究はほとんどありません。

最近の2つの報告では、喫煙は、縦隔への放射線療法による心血管疾患リスク、ならびにアントラサイクリン系薬剤による心血管疾患リスクに対し、相加効果があることが示されています。また高血圧は、冠状動脈性心疾患の独立したリスク因子で、放射線療法に関連するリスクに相加されますが、リスクを変えることはないと結論付けられました。しかしながら、小児がん生存者を対象とした最近の研究では、胸部への放射線治療と高血圧の組み合せにより、相加効果に基づいて予想される以上に主要な心イベントのリスクが増大することが示されました。

運動不足の影響

ホジキンリンパ腫後の心血管疾患リスクに対する運動不足の影響について取り扱われた研究があります。第1の研究では、小児ホジキンリンパ腫生存者で、週に9時間以上の代謝当量時間(2~2.5時間のサイクリングやウォーキングに相当)を行っている人は、行っていたい人と比べて、治療に関連する心イベントのリスクが低いことが明らかになりました。第2の研究では、身体活動が活発な患者(ウォーキング、サイクリング、スポーツを週4時間以上)は、不活発な患者(週1時間未満)よりも、冠状動脈性心疾患の発症リスクが顕著に低いことが示されました。

以上のことから、ホジキンリンパ腫治療後の健康的な生活習慣の維持・導入など、従来の心血管疾患リスク因子を管理する重要性が強調されました。従来の心血管疾患リスク因子と治療の相加効果は、早期診断と心血管疾患リスク因子の適切な管理により、若年性冠動脈疾患のリスクが大幅に低減されることを示唆しています。

心血管疾患リスクの今後

ホジキンリンパ腫の治療は、時代とともに大きく変化しています。心血管疾患リスクの今後の予想について見ていきましょう。

放射線療法による心血管疾患リスクは、放射線併用化学療法を受ける患者の減少や放射線療法に関する方針の変更により、時間の経過とともに大幅に減少すると予想されます。放射線療法を行う場合、3次元原体照射法を用いて、標的体積は小さくなり、照射される線量は低くなります。さらに、深吸気息止め照射(DIBH)やバタフライ方式による強度変調放射線療法などの高度な技術により、心臓や心臓下部構造への線量は、今後も大幅に低減していきます。

それに対し、アントラサイクリン系薬剤に関連する心不全リスクは、アントラサイクリン系薬剤の使用量が増えていることを踏まえ、増加していくと考えられています。最近の報告によると、1965年から1974年、1975年から1984年、1985年から1995年の3期間にホジキンリンパ腫の治療を受けた3つの患者グループについて、心血管疾患の累積発生率を比較したところ大きな違いは見られず、生存者の大部分は、今後何年にもわたって心血管疾患のリスクが高いままであることが示されました。

今後、心毒性の低いアントラサイクリン系薬剤が開発されることが強く望まれています。

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